2005年04月05日

「獅子道諸国漫遊記 弾丸甲子園編3」

アルプス頂上よりWBS日本,甲子園電:
僕は一人で参戦しているのですが、また偶然友達に会えるかもしれないので、三塁側アルプススタンド最上段、通称浜の嶺・風クラブ席につき、そびえるスタンドを見下ろします。とはいえ、わざわざ應援団から遠いこの席に上ってくるのは甲子園ならではの珍客ばかり。赤青の三角帽子を脱ぎ着するたびに浜風にのせて異常な量のフケをまきちらすフケ田さんや、ずっとマメを食べ続けながら野球論を呟きつづける高野さんたちに囲まれながらの
「プレーボール!ウゥゥ〜〜!」


kickbordそれからの140分はアッという間の出来事、気付けば15点を取られてゲームセット。しかし、スコアだけを見れば惨敗ですが内容的にはせいぜい6-3程度。バント失敗やいい当たりが正面をつく塾高の勝負弱さに対して、ミスを確実に得点につなげる神戸国際大附属セントマイケルズハイスクールの試合巧者ぶりが印象的でした。最後に高野さんの野球格言をひとつ。「高校野球はノリとバントや」

それではこれにて諸国漫遊の旅を終え、伊豆の山中に研修に行ってきます。
‥ってまた旅行かよ!


以上、獅子道竜介が報告いたしました(敬礼)。
「獅子道諸国漫遊記」これにて終了です!


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2005年04月04日

「獅子道諸国漫遊記 弾丸甲子園編2」

蔦まみれWBS日本,甲子園電:
単独参戦の僕と隣り合わせになったのは、昭和23年卒業のミズタさん。聞けばこのような夜行バスの旅は初めてということで、「水分はこまめにとり、トイレ休憩もきちんと消化する」、「リクライニングは細心の注意を払いつつも迅速に、好みの角度に一度であわせる」などの夜行バス作法を説明。携帯メールは得意なミズタさんに消灯後の自粛をお願いするなどの「おとなのoff部」的レクチャーの後、明日への英気を養う為就寝しました。

翌朝ミズタさんに起こされると、道ははやくも阪神間。いよいよ!の気もそぞろに車窓に蔦這う壁を探します。

しかし、バスが停まったのは球場から徒歩15分ほどの駐車場。実はここが全国各地から母校の応援に駆け付けたバスのねぐら。立ち込める高野連精神はいよいよ濃密なものとなり、指示あるまではバスから一歩も足を踏み出すことは出来ません。バス一台ごとに降車の指示を出す係員がつくという徹底した管理体制です。

到着から20分はバスで待機したのち、やっと徒歩で阪神甲子園球場へと向かいます。


10日間の集中連載「獅子道諸国漫遊記」もいよいよ佳境。
次号「弾丸甲子園編3」へとつづく!
  
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2005年04月03日

「獅子道諸国漫遊記 弾丸甲子園編 」

バスズラリWBS日本,甲子園電:
塾高がニ回戦も突破したので、これ幸いと再び甲子園行きを即断!今回は試合前夜に学校前から出発し、試合終了1時間後に帰路につくという弾丸応援バスツアーでの参戦です。

時は3月31日22時。慶應義塾高校前にズラリと並んだ10台のバス(@まるでグレートアントニオですね)!しかしそれは全部生徒用!OBとか家族連れはチョット離れたところのバスに乗り込みます。夜行では一般的な三列独立シート・トイレ付きではなく、普通の四列シートというところも、高野連スタイルと考えれば合点がいきます。そうしてバスは夜の東名高速を一路西へ向かいます。


まだまだつづく!

・慶応義塾45年ぶりの甲子園快進撃はコチラ
・"テレビ局から米軍まで"義塾内でも稀有な人材を輩出し続ける福沢先生研究会はコチラ
  
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2005年04月01日

「獅子道諸国漫遊記 列島珍写真編2」

鹿鹿公園つづいては日本三景のひとつ、宮島の厳島神社の裏手の様子です。宮島には帰京する日の朝早く、7時半くらいに行ったのですが、さすがにそれほどの時間となると観光客もほとんどおらず、すっきり観光できました。
この鹿たちは、階段に思い思いの場所を取ってじっと立っていました。なぜかこの風景を見たとき、聖闘士星矢の黄道十二宮が頭に浮かびました。なつかしいなあ。


右にいるヤツさんまのまんまに出てくるイヌみたいこれは元・九州の玄関口、門司港の税関資料館のインスペクター(検査官)のマネキンです。たぶん外国の生まれの人だと思うんですが、この仕事ってそういう人にも門戸が開かれていたんですね!それにしても帽子を目深にかぶっています。

これは小倉から大分方面へ向かう日豊本線の途中駅、柳ヶ浦駅(高校野球でも常連ですね。)の名所案内板にあった東光寺の五百羅漢です。膨大な数の羅漢がぎっしりひしめきあっているそうですが、ずいぶんかる〜いタッチですね。

しったかブッタ大分の国東半島には、他にも羅漢の集まる羅漢寺や、全国の八幡宮の総元締めである宇佐八幡など、多分に宗教色の濃いスポットが多く、スピリチュアル、アウピリツアル、モンドジャパネスク(というより大陸的な空気だろうか?)系の好きな人にはお勧めです。


・「聖闘士星矢」アニメを統括する東映公式ホームページはコチラ
・栃木の珍写真はコチラ
  
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2005年03月31日

「獅子道諸国漫遊記 列島珍写真編」

「お母さんあれ買って〜!」、「またになさい」ダンシング美容門司港駅近くにある、旧九州鉄道会社社屋を利用した九州鉄道記念館より、駅弁売りと尋常小学校生徒のひとコマです。いや〜な目をした売り子です。

つづいては広島より、「‘踊る大理容店’河野」の看板です。絶対切りすぎそうです。他にも、河野さんの周りを囲む3色のストライプも、左右でパターンが異なっていたり、申し訳程度に付けられたクルクルも気になります。(もちろん、凄いスピードで高速回転してました)

電線音頭宮島の参道には名物・もみじ饅頭やしゃもじのお店、旅館などが軒を連ねているのですが、ふと上を見上げると、異常な密度で電線が張り巡らされています。ああ、電線音頭華やかなりし昭和は遠くになりにけり。一見の価値有り。

・インドの珍写真「ひゃ、百点だよ君ィ!」はコチラ
・ペルーの珍雑誌「ヒトラーとビンラディンのコラボレーション!」はコチラ
  
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2005年03月29日

「獅子道諸国漫遊記 広島夜のスナック編」

sawaiWBS日本,ヒロシマ電:
僕達が、東京から青春18きっぷで旅をしていることを話すと、それまでの僕達のガツガツした食いっぷりをいたく気に入っていたというオキさん夫婦は、「東京からきた人に、残念な思いさせて帰す訳にはいかない!」と、即座にワンモアかき焼きと豚キムチ、そしてお近づきのしるしに一杯ということでビールを注文「どんどん食べな!」とたのもしいお言葉をいただきました。出てきたかき焼きを夢中でほおばる僕達に、「若いっていいよな」「広島の夜はオレに任せろ!」と威勢のいいオキさん。

大学時代からヨット部に所属し、'98かながわ・ゆめ国体の際には江ノ島にも来た、ということで江ノ島にまあまあ近いところに住んでいる僕をさらに気に入ってくれた様子です。


満腹満足状態で店を出ると、「夜の手配師」を自称するオキさんは携帯をとりだして「モシモシ、オレだけど〜。今から4人だいじょぶ?あ、じゃあ今から行くよ〜」と電話を切ると、
「オレについて来い!」
「ハイ!ついていきます!」

といいお返事を返した僕達です。

市電に乗って向かった先は、広島一の繁華街・新天地。いつのまにか鉄火巻の袋詰をぶら下げたオキさんについてむかった先は、この明日も知れない街で20年灯りをともしつづける「スタンド さわい」

そうなんです。
この夜、獅子道竜介、広島にて、おとなの世界・バーにデビューを飾ることとなりました。ドアを開けると、「いらっしゃ〜い、あら、オキさ〜ん」の声。ママとチーママが出迎えます。カウンターに並んだ椅子。カギ型に曲がった奥には予想通りソファがのぞきます。
ある意味予想以上に予想通りな空間が広がります。

スナックその全貌utae席につくと、おしぼりを手渡され、間髪をいれずに水割りをつくり始めるチーママ・ヒロミさん。実はヒロミさんの母でありながら、まったくそれを感じさせない若作りのママ・美代子。つづいて四角い器にはいった漬物の盛り合わせ、グラスにさされたポッキー、他にも柿ピーやナッツなど、予想にたがわぬ光景が展開されて行きます。
先ほどオキさんがぶら下げていた鉄火巻も、ママへのお土産と判明。なるほど!と合点がいきました。

普段の客層からすると異常に若い僕達のことをオキさんが説明すると、ママ達も疑問が解けたご様子。特にヒロミさんは、息子さんがが東京で大学に通っていることから僕達の緊張さえも察した様子の対応。おかげで必要以上にビビることなく過ごすことができました。

そしてなんと、僕の旅連れである中学時代の同級生・アツシとヒロミさんの息子が、同じ町内に住んでいることが判明!ローカルな自転車やなどの話題で、異常な盛り上がりを見せました。しかし、本当に驚きの展開です。

その後もオキさんの同僚が来店したり、70前のタカミさんがママに抱きつくなどのある意味予想通りのハプニングも続出。ヤングパイン若松ならずとも「What's ハプン?」とつぶやきたくなるような夜でした。

その後もシメに巨人軍の阿部慎之介も広島遠征の際には必ず立ち寄るラーメン屋・大豊(残念ながらあの大豊はいません)まで連れて行ってもらい、オキさんとは住所を交換し、
「オレがおまえらの広島の親だ!」
「次に来たときにはもっと深いところを案内してやるよ!」

という事実上の義親子の契り及び意味シンな一言をいただきました。

ohyoi!お気楽キャンパスライフ‥じゃないか学生時代最後の旅行は、甲子園のサヨナラ勝ちに始まり、最後にはこんな驚きの夜を体験して、「楽しい、超〜楽しい!」思い出になりました。

それでは今夜は、あの多忙で知られる横田“オイソガ”氏も顔を出すというウワサの学科の懇親会に行ってくるのでこの辺で失礼します。また、今後はダメ人間倶楽部・おとなのOFF担当として活動して行きたいと思います。おもな活動には、おとななツマミやお土産を用意することを予定していますので、よろしくお願いします。


・大人の歓楽街「広島新天地商店街」公式ホームページはコチラ
・ダメ人間倶楽部鎌倉遠足「いざ鎌倉!いざBANABANA!」はコチラ
  
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2005年03月27日

「獅子道諸国漫遊記 広島お好み焼き編」

kureWBS日本,ヒロシマ電:
広島での夕飯は、友人にすすめられた、JR広島駅前のデパート、福屋の11階にある五エ門に決定!さっそく足を運ぶと、店の廻りを270°取り囲む行列に遭遇しました。向かいの讃岐うどん屋には店員しかいないのがかわいそうになってくるほどです。

広島のお好み焼きは生地が薄く、そこに基本となる玉子・キャベツ・豚肉・そば+αの具をのせて焼きあげていくもので、しかも五エ門では桝形のカウンター席の内側に広大な鉄板ゾーンが広がり、そこで店員さんが店内全部のテーブル用の料理を次々に焼いているので「まず、目で味わう」という逸品料理には欠かせない要素を持ち合わせています。

がんばれ如水館僕らは基本+イカ天、ホルモン、にんにく、しその「パワフル」と、基本+牡蠣、キムチの2種類のお好み焼きと、広島名物かき焼きを注文しました。お好み焼きにしそという組み合わせは新鮮で、「パワフル」のしつこさをスッと忘れさせてくれるものでした。ところが、かき焼きが僕らの前に出されたとき、この広島での一夜を大きく左右する出来事が起こりました。

かき焼きは、アルミホイルで箱型の器をつくり、その中でかきと特製の味噌を焼いてあさつきをたっぷり振ったものです。そのうまさに一瞬でかきを食い尽くした僕は、アルミホイルの器のそこに残った、スープ状になったみそのうまさに、ライスを注文してそのスープをかけて食べることを提案、すぐに注文しました。ところが、ジャーをあけてしゃもじですくえばよいだけのはずのライスが出てこない!
やっと出てきたのは2回も催促した後、10分後のことでした。そのときスープはアルミホイルに開いた穴からあらかた流れ出してしまっていました。少しだけ残ったものも、煮詰まって固まってしまっており、コテで削り取って水をかけて再生しなければなりませんでした。

広島焼きそんな僕らに、隣の席に座っていた50過ぎと思われる夫婦が「ライスほんとに遅いわよねえ!せっかくのダシが無くなっちゃったじゃないねえ」と話し掛けてきました。

そして!この夫婦との出会いこそが、広島の夜を作り出す驚きの融合反応となったのです!

「広島夜のスナック編」へつづく!

  
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2005年03月26日

「獅子道諸国漫遊記 湯布院編」

yufuin朝のちゃぶ台WBS日本,湯布院電:
競歩の足前は日本選手権クラスダメ人間倶楽部副ダメ長の獅子道から、甲子園に続いて九州・湯布院からの諸国漫遊記が山岳本部に送られてきました!どうやら思わぬところで潜水艦のソナートークを聞けたようです。

昨日泊まった湯布院のユースホステルにはすごい猛者がいました!
中学を出てすぐ海上自衛隊に少年自衛官として入隊、広島・江田島で数々の過酷な訓練を受けた後に、花形である潜水艦の乗組員として31まで過ごした海本さん(仮名)です。

‥海本さんの話によると、潜水艦の中は本当に狭くて三段ベッドの高さ(人が入れる隙間)も50cmくらいしかなく、火器担当だった海本さんは実弾魚雷を枕元に体を休めていたそうです。昔の武将が刀を枕元に寝ていた話は聞きますが、魚雷というのはびっくりでした。置く場所がないかららしいんですが、もし攻撃されたら確実に爆発する恐怖と隣りあわせで、その金属の冷んやりしたてざわりは忘れられない、と言ってました。

沈黙の艦隊潜水艦のような暗くて狭い箱の中では精神的負担も大きく、それが原因で陸に上げさせられる人もたくさんいるそうです。食べることが唯一の楽しみだった。その頃からすると、会社に入って生活している今は極楽のようで、些細なことにも感激するという現在51歳の海本さん。中学を出てすぐだったからこそあの辛い生活にも耐えられたと言っていました。

そう考えると、お気楽キャンパスライフを経て世界一厳しい米海兵隊員となったGen Arakiはとてつもなく強靭な精神の持ち主であると思いました。改めて太平洋を越えてエールを送る!うおりゃああ!


次の目的地は広島だそうです!

・獅子道競歩人生最後の激闘「獅子道竜介引退試合」はコチラ
・ダメ人間倶楽部のズッコケ活動、コアラ命名秘話はコチラ


  
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「獅子道諸国漫遊記 熱闘甲子園編」

45年前WBS日本,甲子園電:
こんばんは。獅子道竜介です。今日は甲子園に来て塾高のサヨナラゲームを観戦しました。8x-7という野球でもっとも盛り上がるスコア、追いつ追われつのシーソーゲーム、最高でした。そして、パワプロブームに油を注ぐこと間違えなし、trさんによく似合うグッズの数々を入手しました!花見で大爆笑しましょう。だからサッと入稿してくださいね。
同じく試合を見にきていたスワと偶然会い、教えてもらった甲子園駅近くの健康ランド「やまとのゆ」でくつろいでます。これから1時大阪発の寝台特急で九州に起ちます。


※本日よりしばしの間、獅子道氏本人執筆による「獅子道諸国漫遊記」特集をお送りいたします。

・健康ランドの素晴らしさが分かる「ここは素晴らしいところだぁ」はコチラ
・「やまとのゆ」公式ホームページはコチラ
  
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